最初に、ブログを書いて欲しいという依頼を受けてから3ヶ月弱。書きたいことはたくさんあってもなかなか手が動かなかった。
筑波大学蹴球部のブログは過去にもたくさんの偉大な作品を生み出しており、自分には到底そんな文章など書けるわけがない。
変にかしこまった丁寧な文章を書くよりも、自分が思っていること、感情を等身大の言葉で綴ることに意味があると感じた。
そんな角田涼太朗という人間のブログ。駄作ではありますがどうか読んでいってください。
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「悔しいと思ったらまた強くなれる」
これは角田涼太朗という人間の座右の銘であり、現在横浜FCでプレーする日本サッカー界のレジェンド・中村俊輔選手の言葉である。
2017年1月9日
高校2年生、冬の高校サッカー選手権
4万1959人もの観客に囲まれた青森山田高校との決勝戦。
そもそも、その年の前橋育英は、インターハイ県予選では、シード上がりの初戦敗退。プリンスリーグ関東では8位の降格ギリギリ。とてもではないが、誰も決勝に行くなどとは思っていなかったはず。
しかし、その年の優勝候補と言われたタレント軍団の市立船橋高校を破るなどの快進撃を見せた。
「もしかしたら優勝できるかも!」そう意気込んで臨んだ一戦。
結果はまさかの0対5の「大敗」。
3歳から始めたサッカー人生の中で間違いなく1番と言っていい「屈辱」であった。
穴があったら入りたいとはこのことである。
「高校サッカー選手権準優勝」
文字だけ見ると華やかであるが、決勝戦での惨敗が全てであり、「悔しさ」ばかりが先行する大会となった。
しかし、この大会がそれまで日の目を見なかった自分の人生を変えてくれたことは間違いがなかった。
突然だが、私は、言葉には力があると本気でそう思っている。
言葉が心を支えてくれるということはたくさんあると思う。
勇気や希望をくれる言葉、やる気をくれる言葉、逆に心を沈ませる言葉もあるけれど、言葉で人間の思考は変わると信じている。
だからこそ、言葉との出会いは大事であり、大切にしたいと思っている。教育実習で生徒にも多くの言葉を贈ったが、世の中には素敵な言葉がたくさんあるので、これを読んだ人にも言葉を大切にしてほしいと思う。
話は戻る。
そんな失意の中、何気なく携帯を見ていると出会ったのが、タイトルの言葉である。
この言葉を見た時、ハッと目が醒めた気がした。
悔しさをただの悔しさで終わらせるのではなく、次に進むための糧とする。
当たり前のようで、意外と難しいこと。
その日から、この言葉がずっと心の中にはある。
振り返ると今までのサッカー人生、悔しいことはたくさんあった。
小学校最後の大会でPKを外して負けたこと、浦和レッズジュニアユースでは試合に出れなかったこと、ユース昇格ができなかったこと、高校一年時には一度もトップチームに絡めなかったこと。
代表に行って脳震盪になったこと、怪我で代表・インカレどちらも棒に振ったこと、細かいことまで数えれば本当にキリがないくらいの「悔しい」経験をしてきた。
特に大学に入学してからは、悔しい経験の方が多かったように感じている。
悔しいという感情が角田涼太朗というサッカー選手を生み出したといっても過言ではないくらいだと思う。
しかし、それをマイナスであるとは思わない。むしろそれが自分らしさなんだと思う。この言葉と出会ってから、悔しいと思った回数だけ、強くなれるチャンスがある。そう捉えることができるようになった。
もちろん悔しい思いをした直後にそんな余裕はないが、その気持ちを忘れずに更なる成長に向けてあげることがプレーにも心にも良い影響を与えてくれると信じている。
これから先、生きている限り、ましてプロスポーツという結果が求められる世界で生きていく限り、悔しい経験は嫌という程するだろう。
それでも、前を向いて頑張り続けたいと思う。自分がよく使う言葉で、「ずっと頑張ろう」という言葉がある。「頑張る」ということは普通であるが、「ずっと」頑張るというのは難しいことではないかと思う。
上手くいかない時、楽しくない時、きついと思った時、人は頑張りたくなくなるものだと思う。
そんな時こそ、歯を食いしばって、期待してくれる人の顔を思い出して「頑張り続ける」人間でありたいと思う。
これからも言葉の力を借りながら、強くなる為に歩み続けたい。
最後に、筑波大学について。
リリースがあったように、7月からは筑波大学蹴球部を離れ、プロサッカー選手として横浜F・マリノスでプレーする決断をした。
決して筑波が嫌になったというような理由ではなく、サッカー選手として上を目指すための決断である。
受け入れてくれた多くの仲間達には感謝してもしきれないし、より自覚と責任をもってサッカーに取り組んでいきたいと思う。
筑波大学に入学し、それまでサッカーしかやってこなかった自分がサッカー以外の自分にも真剣に目を向けることができるようになった。
他にも、これまであまり関係ないと思っていたこととサッカーとの関わりに気付き、パフォーマンスの向上に取り組めたこと。
生活の全てを自分でオーガナイズすることで自分を律する力がついたこと。
応援してくれる多くの人がいることに気付き、チームとしての勝ちに貪欲になれたこと。
今プロサッカー選手として歩み出した自分を形成しているものは、筑波大学で身に付けたことが多いような気がしている。
「サッカーだけしていても意味がない。」
どの年代の指導者にも繰り返し言われていたことを、心から理解出来たのも大学で様々な価値観に触れ、サッカーが上手いのなんて人生においてはどうということはないと理解したから。
それよりも、1人の人間として何が出来るのか、どうあるべきなのかということの大切さを学ぶことが出来たのは人生においてこの上ない貴重な時間であった。
上の文では、大学に入ってからは悔しい経験の方が多かったと書いたが、もちろんタイトルが取れず、結果が出ずに苦しいことは多かった。
しかし、その全てが自分にとっては宝物で何にも変えることのできない経験であったといえる。
そして、断言できる。
筑波大学に進学して良かった。と。
4年前、進路で悩み吐くくらいまで追い込まれた自分にも自信を持って大学進学を勧めるだろう。
これくらい、これまで筑波で過ごした3年半は充実した、密度の濃い時間であった。
この先、結果が全ての誰も助けてはくれない世界で、筑波大学やこれまでの人生で培ってきたもの全てを活かし、闘っていきたいと思う。
これまでにお世話になった方々に恩返しする為、先輩方に成長した姿を見せる為、後輩達に背中を見せ続ける為。
そして、たった1度の短いサッカー人生、「自分」の為に。
非常に長く、稚拙な文章でありましたが読んでいただきありがとうございます。
これからも、筑波大学蹴球部並びに大学サッカーへの変わらないご支援、ご声援をよろしくお願い致します。
筑波大学蹴球部
体育専門学群4年
角田涼太朗