はじめまして。体育専門学群4年の大野隆滉と申します。外科系スポーツ医学研究室、蹴球部では昨年末に選手活動を引退し、今シーズンよりトップチームの学生トレーナーを務めさせていただいています。私は2018年の夏に3ヶ月弱アメリカに行き、1か月半ほど学生トレーナーのインターンとしてスタンフォード大学のアメリカンフットボール部に帯同させていただきました。今回は(ずいぶん経ってしまいましたが)その報告として、ブログを書かせていただくことになりました。
このブログでは①インターンの経緯と概要②スタンフォード大学の学生たち③人生=飛行機?の3章に分けてお話したいと思います。1,2章はアメリカでの話になります。トレーナーの方など、興味ある方以外は飛ばして3章だけでも読んでみてくださいm(_ _)mただ、「結構長い。」ということを予めお伝えしておきます。どうか悪しからず…。※アメリカのこと等もっと詳しく知りたいという方はご連絡いただければ、喜んでご返事いたします。一応Twitter掲載しておきます。(匿名質問箱への回答でうるさい時があります)それではしばらく私の拙い文章にお付き合いください。*******************************************1章:インターンの経緯と概要まずはスタンフォード大学のアメフト部でインターンをすることになった経緯から説明したい。1番最初のきっかけは大学1年生の時。入学当初ギラギラしていた私は後の指導教員となる先生に「アメリカに行きたい」と伝えた。色々話した後「3年生になったらまた来て」と言われたので、2年後伺ったところ、たまたま今回のインターンについてお話が来た所だったらしい。もちろんすぐに行きたいと伝え、選考段階に移ることになった。今考えると本当に運が良かった。(「きっと日頃の行いだろうか?」と思っていた。)選考は英語での自己推薦書・履歴書作成、面接などがあった。海外に1回も行ったことがないうえに、英語が喋れない私にとって面接が最も心配だった。とりあえず面接に向けオンライン英会話や留学生の友達と話したりなど、スピーキングの練習をした。それでも結局英語は全然喋れなかったが、何とか無事インターンに行けることになった。(やはり「日頃の行いだ」と確信した。)話は現地での活動に移る。活動は基本的にアメリカンフットボール部に帯同し、常勤トレーナー(ATC)の補助をするということだった。朝、トレーニングルームのセッティングから始まり、選手が来たらマッサージやストレッチ、物理療法、テーピング等をATCの管理のもと行う。そして練習前に水などを準備し、練習中は水を配ったり簡単な応急処置等、練習後は片付けと選手のケアを行う。選手がいなくなったらトレーニングルームの掃除、テーピング等消耗品を補充して1日が終わる。インターンのほとんどはこんな生活だった。ただインターン終盤には公式戦が行われ、合計3試合ピッチレベルでチームのサポートを行った。インターン中はすぐATCや理学療法士に質問ができるうえ、実際に選手を触ることもできた。さらには数万人の観客が入る中、ピッチレベルで活動することができた。また、OFFの日にはサンフランシスコやサンノゼへ観光に行ったり、選手やインターン仲間と遊んだりもした。総括すると、非常に収穫の多いインターンであった。
2章:スタンフォード大学の学生たちスタンフォード大学はまさに世界最高峰の大学である。2019年の世界大学ランキングは2位。スポーツにおいても2016年のリオオリンピックではスタンフォード大学の学生が27個のメダルを獲得。その年のアメリカ代表が獲得した総メダル数の約22%を占めた。さらに、全米大学スポーツランキングという全種目の成績を総合評価したランキングでは23年連続で1位の座を保持している。こういった背景から、スタンフォード大学は数多くの著名な研究者や政治家、起業家、スポーツ選手などを輩出している。今回のインターン中はそういったスタンフォード大学の学生であり、アメリカンフットボール部の選手でもある彼らと同じ寮で生活を共にした。寮では選手たちが『スマッシュブラザーズ大乱闘』で大盛り上がりしていたり、ピアノと選手が持ち寄ったギターやウクレレで歌を歌ったりしていた。(スマブラのレベルは割と高く、私もある1人にだけは何度やっても勝てなかった)そんな寮生活を通じて1つ感じたことがある。スタンフォードから数多くの著名な人材が輩出される理由は、この寮生活にあるのではないか、ということである。スタンフォード大学の選手は何かしらの武器を持っている人が多かった。日本語専攻で日本語がペラペラだったり、アプリ開発できたり、Pre-medで医者になるための勉強をしてたり、絵がめちゃ上手いなど、非常に優秀という印象を受けた。ただ彼らはそれだけでなく、色々な友人と多くの時間を共にしていた。そしてそこには異分野の人が大勢いる。よく「100分の1の能力を3つ掛け合わせて1万分の1の希少な人材になる」という。寮生活はこの現象が交流を通じて起こっていたように見えた。彼らのこういった特徴とオープンなマインドのおかげで選手たちとは大分仲良くなれた。今でもInstagramなどでたまに連絡を取る。プロになった選手もたくさんいて嬉しい。まさに、繋がりを大切にする優秀でオープンマインドな彼らが、世界最高峰のスタンフォード大学を作り上げているのだと感じた。ちなみにここでスタンフォード大学の校訓を紹介したい。“Die Luft der Freiheit weht” 「自由の風が吹く」なるほどなるほど。確かに。納得できる。3章:人生=飛行機?進路に悩む。そんな大学生は多いのではないのだろうか?私も大学生になり、長い間迷っていた。色々なことを経験したり知ったりすると、多くの“面白そうな選択肢”が見えてくる。これが繰り返されると、あまりの選択肢の多さに気後れしてしまう。そして決断することが難しくなる。何か1つ決断することで他全ての選択肢を手放してしまうのではないかと不安になる。いつかは自分に最適な選択肢が見つかるのではないかと考える。こんな状態だから、ついつい選択を先延ばしにしたり、理想を妥協し、安全パイを取りたくなる。要は“「自分の人生は自分で選ぶことができる」という漠然とした恐怖”から逃げる。自分もこのまま大学院に進学すれば、最低2年の猶予に加え、体育・スポーツ関係でも一般職でも、何かしらの仕事につけるだろう。“面白そうな選択肢”を失うことはない。もちろん大学院でやりたいことはある。ただ、自分にとって大学院進学はそういう意味も持っていた。もちろん、すべての人にとって大学院進学が選択の先延ばしとか、安全パイであると言っているのではない。そんな中、数冊の本から教えてもらったことがある。最後はそれを紹介して終わりにしたい。「考えながら行動し続けろ」ということだ。よくよく考えれば当たり前だ。何もせず幸せや成功がずっと手に入るなんてことはあり得ない。「どれかの選択肢を選ぶと、他全ての選択肢を失ってしまう気がする。」決める必要はない。まずどれかを始めるだけだ。待っていても機が熟すことはないのだから。こう考えると幾分か気持ちが楽だ。「行動したら失敗するかもしれない。成功する自信がない。」本物の自信は経験したことからしか得ることができない。失敗から成長するマインドセットが必要だ。「自分は成長できると信じ、失敗から学ぼうとする」そんなマインドセットを持つ。とりあえずは成功できなくても、成長できれば良し、とする。次につなげられるから。”「自分の人生は自分で選ぶことができる」という恐怖” という表現をした。「気づいたらもう選ぶことができない」方が恐怖ではないか?もう気づいたら21歳だ。後輩と比べると、やはりできることは少ない。ただ、まだ21歳だ。あっという間に選択肢がなくなる前に、まだ選べる。「20代は離陸したばかりの飛行機である。離陸直後の進路変更で行先は大きく変わる。1つの会話が、経験が、この先の人生を変えるかもしれない。」とある本に書いてあった。そうならば、前に進み続けよう。飛行機は止まったら墜落してしまう。現状に甘えちゃだめだ。どうだろう。よくある“意識高い風”な文章が出来上がったと思う。*******************************************皆さん本当に私の長く拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。正直恥ずかしいです。今まで少数としかこういう会話したことなかったので。まーいいとしましょう。自分にとってこれも行動の1つです。本当はアメリカのAT教育や寮生活のこと、向こうであった人達のことなど、他にももっと伝えたいことがあるのですが・・・。何はともあれ、今後とも筑波大学蹴球部の応援をよろしくお願いいたしますm(_ _)筑波大学蹴球部4年学生トレーナー大野隆滉