#40 父へ (北原史弥/4年)
はじめまして。
長野県の山間の自然豊かな田舎から参りました。
筑波大学体育専門学群4年の北原 史弥と申します。
蝉の声は遠くなり、鈴虫の声が耳に心地よい時節となりました。日差しに夏の余韻を残しながらも、吹き渡る冷たい風に秋を感じます。
「木の間よりもりくる月の影見れば心づくしの秋は来にけり」
(古今和歌集巻第4秋歌上184番)
夏が過ぎて落葉した木々の間から漏れる月の光に、もの思いに沈むことの多い秋の訪れを感じ取った歌です。 秋の歌は、寂しく悲しい歌が多いです。 情熱的で開放的な夏が終わるから。枯葉や落葉にものの終わりを感じるから。
何かの終わりはいつの時代もやはり寂しいものです。 10月初旬、筑波大学第一サッカー場に吹く爽やかな秋風を浴びては、蹴球部で過ごした日々の終わりに寂しさを感じている今日この頃です。
さて、引退が近づくにあたっていただきましたこの機会に、私は父への感謝の気持ちを綴りたいと思います。
私は大学に来てから今日まで、父への感謝を忘れたことがありません。
父は、私のやりたいことをいつも尊重してくれました。父から「ああしろ」,「こうしろ」と言われた覚えがありません。「やりたくないことはやらなくていい」と言い、決して口うるさくすることはありませんでした。そして、私がやりたいことについては支援を惜しまないでしてくれました。
一方で、私に過ちがある時にはそう言ってくれ、私がつまらないことに怒って物に当たったり面倒ごとを避けたりすると厳しく諫めてくれました。
私が今こうして筑波大学蹴球部でサッカーができるのは、そんな父のおかげです。
父は私にサッカーをさせてくれました。そして私が筑波大学でサッカーをすることをずっと応援してくれました。必要なものがあれば買ってくれ、大学受験のために集中して勉強ができる環境を作ってくれました。「父さんは何もしていない。史弥が一生懸命頑張ったから」と父は言いますが、そんなことは決してありません。
今でも毎月仕送りをしてくれて、何不自由なく大学生活を送ることができています。「必要なものとか何かあればいつでも連絡して」と言い、いつも私のことを気にかけてくれています。
何より、父は私をここまで育ててくれました。多少物事の分かるようになった今、それがどんなにありがたいことなのか、日々感謝せずにはいられません。
父へ、いつもありがとうございます。
14年間続けてきたサッカーを辞める時が近づいてきました。
大学生になってからは帰省する時くらいしか連絡していませんが、父さんへの感謝の気持ちを忘れたことはありません。
来年は地元に帰って今しばらくお世話になることになりそうですが、自分のことは自分で何とかできるようにします。
今はあともう少しだけ、引退する前にこの仲間とサッカーが続けられるよう頑張りたいと思います。
10月6日に、茨城県社会人リーグ最終節が筑波大学第一サッカー場で行われます。
勝てば優勝で、関東リーグ昇格戦に続きます。
父のおかげで入ることができたこの筑波大学蹴球部を、私は最高の形で引退したい。
所属しているTSCチームで社会人リーグを優勝し、関東リーグ昇格を果たして有終の美を飾りたいです。
そして、引退した後に「最後に筑波大学蹴球部でサッカーができて本当に良かった」と父に言いたいです。
ここまで育てサッカーをさせてくれた父をはじめ、共にプレーしてくださった先輩後輩同期の方々、指導してくださった方々、挙げきれないその他多くの方々へ
ありがとうございました。
感謝の気持ちを胸に戦います。
応援よろしくお願いいたします。
筑波大学蹴球部4年
体育専門学群
北原史弥
