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2022

#144 献身的に、少しだけわがままに(吉田優輝/4年)

まずは僕のブログに立ち寄ってくださりありがとうございます。
 
本来であれば年始に公開されるはずだったこのブログですが、どうも自分の中でしっくりいく文章が書けず、ここまで引っ張ってしまいました。
関東リーグが開幕して3試合が終わり、早速苦しい状況に立たされているわけですが、今こそ私自身が目指していること、蹴球部として向かう方向性をもう一度整理するべきだと思いやっと手を動かし始めました。
 
文章はかなり長くなっていますが、今回は私自身が考えていることを、「一人のサッカー選手として」「筑波大学蹴球部の主務として」という二つの側面から書いていこうと思います。どちらか一つでも構いませんので読んでいただけると幸いです。
現役部員には是非一度目を通していただきたい、そんな内容です。
 
・なぜサッカーをしているのか?
 大学にまできて競技を続けることに、何の意味があるのか。大学生のアスリートならば一度はぶつかったことのある壁ではないだろうか。
 
「ただ楽しいから」と言う人もいるかもしれない。
しかし僕にとってサッカーとは、それだけでここまで長く続けられるほど甘いものではなかった。
 
「プロになりたいから」という人もいる。
でもプロになりたい選手だって、プロになってまでサッカーを続けたい理由が、続けなくてはならない目的がどこかにあるのではないだろうか。
 
では僕の話をしよう。
僕は、もうプロサッカー選手を目指してはいない。悪い言い方をするなら、夢半ばで諦めた側の人間だ。
 
そんな僕が、あと一年残された大学生活をサッカーに捧げることになんの意味があるのか。
僕自身がこの残りの一年間のサッカー人生に、どんな意味を持たせることができるのか。
 
その答えはきっと、ここまでのサッカー人生を振り返り、何を感じて、何を決断してきたのかを振り返ることで見えてくると思った。
 
 
 
 
ここまでのサッカー人生を振り返ってみると、一度サッカーをやめようと思った時があった。高校三年生の時だ。
 
高校生までは「プロになりたい」と夢を語っていた。高校サッカーで結果を残して、プロへの道を切り開くんだと勇んで県内では強豪校と呼ばれる学校に進学した。
 
高校サッカー選手権で活躍する自分の姿を何度も思い浮かべながら、一年、また一年と過ぎていった高校生活は、気がつけばスタンドで単語帳を片手に応援した最後の選手権で幕を閉じた。
 
 
あまりこう言い方をするのは好まれないことはわかっているが、僕は高校3年間で人並み以上に「努力」をした自負がある。
 
他の部員よりも授業のコマ数の多いクラスに所属していたため、夕方の練習時間の差を朝練でそれをカバーすると決め、毎朝他よりも早くグラウンドに出て自主練を重ねた。
 
どんなにきつい時でも、「ここで頑張れば試合に出られる、Aチームで活躍できる」と自分に言い聞かせて、そんな情景を思い描いて頑張ってきた。
 
一年生では全く上に絡めず、二年生でも結果が出せず、なかなか思うようにことが進まなくても、「やり続ければ俺ならできる」とどこかで信じて頑張ってきた。
 
それでも、思い描いたような結果は待っていなかった。三年間でAチームに上がれたのは一ヶ月程度、公式戦には一度も登録されなかった。
 
高3の夏に腐った勢いでサッカーをやめようと思った。サッカーに本気になったって幸せにはなれないと思った。
 
どこかサッカーと関係のない世界で、サッカーを忘れて生きていこうと思ったりもした。
 
でもどうしても、このまま終わることに納得がいかなくて、辞めきれなくて、正直自分の中でも整理がつかないまま筑波大学の門を叩いた。
 
「なぜ筑波大学蹴球部に来た?」
 
フレッシュマンコースの面談で最初に聞かれる質問である。僕は半信半疑のまま「プロになりたくて、高校ではうまくいかなかったけどここ(筑波)にはもう一回勝負できる環境が…」といった内容のことを当たり障りなく答えた。
 
でもこの時から、自分がプロになれるとはあまり思っていなかったし、そもそも本当にプロになりたかったのかすら、曖昧だったと思う。
 
それでも、自分がサッカーを辞められなかったのはなぜか。一度はやめようと思ったサッカーを、もう四年間も続けようと思ったのはなぜか。
あの時は整理がつかないままかつての夢に縋りついていたが、今ならわかる気がする。
 
 
「努力は報われる」
 
一般的には賛否の分かれる価値観だと思う。でも僕は、「努力は報われる」と本気で信じている。心の底から。
 
だからこそ、僕の高校三年間は、僕の価値観に最もそぐわない三年間だった。自分の人生で一番努力したことが何の結果にもつながらなかったのだ。
 
もちろん、成功できなかった原因は必ず存在し、そこから目を背けているわけではない。ただ、実感として自己消化しきれない悔しさと不甲斐なさが拭いきれなかった。
 
一方で、語弊を恐れずに言うなら僕の中で勉強の優先度はサッカーより下だったのにも関わらず、勉強に関しては、サッカーに比べれば大した努力をした実感がないのに結果が出た。
「あなたはもともと出来がいいんだね」と言われるたびに、違和感が募っていった。
 
自分が一番頑張ったサッカーはこれ以上ないくらい上手くいかないのに、勉強は少し頑張っただけで信じられないくらい結果が出た。どうしても納得がいかない状況だったのだ。
 
「努力は報われる」のではないのか。一番頑張ったやつが一番幸せになれるんじゃないのか。これでは納得がいかない。
そんなままで、サッカーをやめられるはずがなかった。
 
 
だから僕はサッカーを続けている。努力したらその分結果はついてくる。努力すればその分幸せになれる。このことを自分自身に証明したいが一心で、まだピッチに立ち続けている。
 
ここ筑波大学蹴球部にはそのことを証明してくれている仲間がたくさんいる。「あいつ頑張ってるなぁ。」そう言われる部員は、紆余曲折はありながらも着実にステップアップしている。
 
僕はここでもまだ結果を出せていない。でももう今の僕にとって結果の規模は関係ないのかもしれない。今までの自分の中で一番の結果を出せれば、それが側から見てどうであろうと、きっと後悔なくサッカー人生を一区切りさせることができるだろう。
 
努力というものには正しい方向と方法があることは痛いほど思い知った。
残り一年。自分自身をどれだけ納得させられるだろうか。
 
「なぜサッカーをしているのか?」
自分に問い続けながら最後までやり切りたいと思う。
 
 
 
・日本一への思い
ここからはサッカー選手としてというよりも、筑波大学蹴球部の主務として、今の思いや目指すビジョンについて書いていきたいと思う。
 
「日本一」
これが今年のチームの目標になった。
具体的にはピッチ内では「日本一」ピッチ外では「一人一役」と言う言葉を目標として掲げているが、僕は個人的にあくまで「日本一」に拘りたいと思っている。そこに対する思いを書いていきたい。
 
 
「日本一」と聞いて部員は何を思い浮かべるだろうか。先日後輩からこんな質問をされた。
 
「日本一って何の日本一ですか?やっぱインカレですか?」
 
正直この「日本一」という目標を4年生で話し合って決めた時にはそこについては深く考えず、とりあえず取れるタイトルをとりにいこうみたいな話をしていたと思う。その時は自分もそれで納得していた。
 
でも「日本一」ってなんだろうと考えると、最後の大会であるインカレで優勝すれば良いのか、とりあえず何かの大会で日本一になればそれで良いのか、はっきり示せていないと気づいた。
 
そもそも、「全国大会で優勝すれば日本一と言えるのか」そこを考える必要がありそうだと思った。はたして自分が目指したい「日本一」とは大会で優勝することとイコールなのか。
 
少なくとも僕にとっての答えはノーだ。と言うか、我々筑波大学蹴球部が目指すべき日本一というものは単に大会で優勝することではないはずだと考えるようになった。
 
では「筑波大学蹴球部が日本一になる」
というのはどういう状態を指すのか。
 
 
筑波大学蹴球部には約200人の部員がいる。関東1部リーグを戦うトップチームから6軍に相当するC3チームまで6チームに分かれて活動を行なっている。
 
このような組織体制において、現実的に「日本一」のタイトルを獲得した瞬間にピッチ上にいられるのは全体の約5%だけ、ベンチにいられる人をあわせても約10%だけ。
 
要するにごく僅かだ。
それ以外の部員の多くはおそらくスタンドでその瞬間を迎えるだろう。
 
 
でも僕は、「優勝したメンバー」と「優勝を外で見ていたメンバー」という心理的構図を作りたくない。
スタンドにいる部員はサポーターではないし、ただの応援団にはなってほしくない。
スタンドで見ていたメンバーも含め全員が「俺が日本一を取った」と言えるようにしたい。
 
全員の力によって、全員が日本一になる。日本一の「組織」を作りたい。
綺麗事ではなく、本気で。
 
僕が目指す日本一とはそういうことだ。
言い方は悪いがトップチームの能力だけで取ったタイトルなら取れない方がマシだ。そんなものに価値はない。
 
全員の力で日本一になった時に、代表して表彰式(決勝戦)に出るがトップチーム。
そんなイメージで戦いたいと思っている。
 
ではどうしたらそんなことが可能になるのか。
 
「日本一の取り組み」を重ねること。
これが一つの答えだと思っている。
 
全員が今日から日本一のサッカー選手になることは現実的に不可能だ。
全員が今日からトップチームの選手より上手くなることも不可能だろう。
 
でも全員が「日本一の取り組み」をすることならできそうな気がしないか。
 
全員が毎日
「俺今日、日本一頑張ったな」
そう言えたら日本一の組織に近づいていく気がしないだろうか。
 
その積み重ねがきっと、ぞれぞれを「日本一の6軍」とか「日本一の3番手」にしていってくれるのではないだろうか。
 
そうやって物事全てに「日本一の」という接頭語がつくのなら、その組織はきっと日本一になっているのではないだろうか。
 
少なくとも僕はそう信じている。
 
 
 
これがそんな容易いことではないことはわかっている。
側から見ればとんだ綺麗事だということもわかっている。
 
でも僕はどうしてもそこにこだわりたい。
僕がここ(筑波大学蹴球部)で成し遂げるべきミッションはそういうことだと信じている。
 
僕は高一の時に選手権県大会の優勝をスタンドで経験した。
監督は「これは全員の力で取った優勝だ」と言った。
 
でも僕はその言葉にあまり実感が湧かなかった。Aチームの人すごいなとしか思えなかった。もちろん嬉しかったけど、応援しているチームが優勝した時の嬉しさであって、自分のチームが優勝した時の嬉しさではなかった。
 
そういう優勝は、もう要らない。
 
真の日本一になるために、日本一の主務として、日本一のはたらきをしていきたい。
今シーズンもまだまだこれから。
 
みんな、がんばろうね。
 
 
 
 
 
筑波大学蹴球部 
体育専門学群 新4年
主務 吉田優輝


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