#38 兄と私 (小谷千秋/4年)


体育専門学群4年の小谷千秋です。



僕はたしかにここにいた。 結果や試合記録はずっと残り続けるものです。しかしその瞬間、僕がどんな想いを持っていたのか、またどんなことを感じていたのか。それらは僕の卒業と共になくなり、いつしか自分の中でさえも薄れていってしまう。 だからこそソッカー部での4年間について記しておこうと思います。 



これは去年大学サッカーを引退した尊敬する兄のブログの書き出しです。 私はこんなかっこいい文章を書くことができません。 今回はみなさん何も興味がないかもしれませんが私と兄について書きたいと思います。




私には歳が一つ上の兄がいます。小谷春日という名前です。 この兄が私の人生に良くも悪くもとても大きな影響を与えることになります。 小さな頃からとても仲の良い兄弟で小学生の頃はずっと同じサッカーチームでライバルとして日が暮れるまで公園で一緒にボールを蹴っていました。 また、引越しがとても多かった小谷家において引っ越した先では常に兄について回って遊んでもらっていました。 喧嘩もほとんどすることなく私のわがままをほとんど許してくれていた気がします。



中学、高校も同じ学校、同じサッカーチームに通い続けました。 この時代も変わらず仲がいいままだったのですが少しずつ変化が生まれ始めます。 兄は勉強もサッカーも何をやらせても自分より出来て、人間としてもしっかりとした人間に成長していきました。 そんな兄を最初は誇らしく思っていたのですが何かある度に毎回兄と比べられると徐々に劣等感を感じるようになっていってしまいました。 そんな私を気遣って母は、「あなたはあなたらしく生きればいいよ」といつも励ましてくれていました。本当にありがたかったです。 私も他人との比較や自分に自信が持てずに困っている人がいたらこのような言葉をかけられるような優しい人間になりたいです。 そんな感じで高校時代はとても楽しかったのですが兄とはずっと比較され、なかなか複雑な感じでした。



そして筑波大学に入学します。 人生で初めて兄がいない学校に入学する、寂しいような嬉しいような気持ちでした。 この兄がいない環境というものが自分を大きく成長させてくれました。 まず、大学で所属している筑波大学蹴球部の部員の人たちはみんなが自分の好きなことに誇りを持って楽しんでいて、とても輝いて見えました。 ここで、今まで兄との比較からずっと人と比べるようになってしまっていた考え方が変わり、母の言っていた言葉の意味をしっかりと理解した瞬間だったかもしれません。 そして大学4年の今は良くも悪くも人からの目というものを気にすることなくのびのびと楽しく人生を生きています。



そんな自分を変えてくれた学生生活も終わりを迎え来年からは社会人になります。 一年早く社会人になっている兄の言葉を借りるとユニフォームをスーツに、スパイクを革靴に変えて挑戦が続いていくことになります。 社会人は、まだ未知の世界ではありますが世界中で大いに活躍をし、いつか兄とお互いが自分の仕事誇りに思いながら語り合える日が来るといいなと思っています。


いろいろと長くなってしまいましたが今でも兄のことは尊敬しています。 この関係がずっと続けば幸せですね。 長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。



筑波大学蹴球部4年
体育専門学群
小谷千秋