#22 自分だからこそ見える景色(4年/内田雄基)



初めまして。

内田雄基と申します。

ほとんどの人が自分のことを知らないと思います。

しかし西澤同様、茶圓さん(広報局長)にブログを書けと脅されたので、
恐れ多いながらも書かせていただきます。

とはいえ誰かわからない人の話は面白くないと思うので、自己紹介をします。


広島県出身。

6歳から本格的にサッカーを始め、
小・中は地元のサッカーチーム、
高校は広島なぎさ高校で仲間たちと共に全国大会を目指し、
最高成績県ベスト32という結果を残しました。

それでもサッカーを続けたいと思い、
一般組として試験を経て現在の体育専門学群に進学しました。


これが自分のサッカー人生を大まかに記したものです。


いやー、しょぼい。

ここまでしょぼいと今までの自分は何をしてきたのだろうか。

書いている時思わず笑いがこみ上げてきた。

特筆すべきは出身高校にひらがなが入っている。
高校サッカー部の練習試合用ユニの胸にはひらがなで“なぎさ”の三文字が入っている。
もはや怖い。(実際は素晴らしい高校です)


こんなしょぼそうなやつではなく、
海外でサッカーを経験したり、
日本一を経験したり、
代表を経験したことのあるもっとすごい部員の言葉を聞きたいだろう。

自分が読者なら絶対にそう思う。


しかし、今回は輝かしい成功者ではないが、
自分にしか見えていない大学サッカーについて書こうと思う。





本題に入ると、先ほどの自己紹介を見てもわかる通り自分はしょぼい経歴の持ち主だ。

そんな自分だが、大学でもサッカーを続けようと思ったのは、
高校サッカー引退の瞬間を負傷交代により病院で迎えたことにある。

明らかな不完全燃焼で高校サッカーを終え、
こんな状態でサッカー人生を終わりたくないと思った自分は、
大学に入ってもう一度サッカーで勝負しようと決心した。

それまで医学部に入ろうと思っていたのもあり、
サッカーが強いだけではなく、
どうせなら頭の良い大学をという単純な理由で筑波大学を目指した。

受験生当時、大学なら自分は通用するというとんでもなく根拠のない自信を持っていた。

県内ですら目立っていない選手がなぜ全国屈指の名門校である筑波大学で通用すると思ったのかはわからないが、
それでも当時の自分は大学でのし上がることだけをモチベーションに筑波大学蹴球部を目指した。


そんな根拠のない自信と自分本位なモチベーションをもって入部した自分が挫折の連続を味わったのはいうまでもない。


フレッシュマン期間を終え、
1年時の配属はB3(当時4軍)。

シーズン終盤に膝を怪我も経験。

2年時はB1(2軍)に配属。

一時期B2(当時3軍)に落ちることも。

3年時もB1。シーズン途中に再度膝を受傷。


思ったような結果を残せず。


もちろんこの3年の間、
研究室前のホワイトボードのTOPメンバーの張り出しに自分の名前が載ることはなかった。


TOP青白(TOPとの紅白戦)をする度に嫌というほど自分の能力のなさを痛感させられた。


入部当時思い描いていた理想像とはかけ離れた自分の姿が情けなくなり、
逃げ出したくなる時もあった。

本当に苦しい3年間だった。


しかし、3年時のシーズン最後の試合(当時の4年生の引退試合)、
“4年生の学生ラストゲームをなんとしても勝利で飾りたい” と強く想い、
途中出場で必死にプレーした。

自分が点を決めるどうこうではなく、チームの勝利のために走った。

そしてPK戦の末、勝利をもぎ取り、
思わず泣きそうになった。

入部当時の自分だったら、
無得点の自分に苛立ちを覚えていただろう。

しかし、その時は何よりもうれしい勝利だった。


3年間もがき続けるうちに、
いつしか自分ではなくチームのためにプレーをすることがモチベーションに変わっていた。


そして、ラストシーズンに入り、
チームのためにサッカーのモチベを置きながら過ごすことでパフォーマンスが安定し、
TOPチームに呼ばれることも増えてきた。


そして、何度かチームを行き来したのち、
後期リーグが始まるタイミングで三度目のTOP昇格を果たした。


そして、今ではチームのためにというモチベは
“陰で支えてくれている仲間のために”
というものに変わっている。


蹴球部は約160名の部員からなる集団だが、
そのうちTOPメンバーはたったの25人程度。

その25人も推薦組がほとんどで、
高校の頃から評価された優秀な選手が集まっている。

筑波大学蹴球部の看板を背負っている光のような存在である。


一方で残りの約135名は一般組がほとんどで、
TOPに対して強い憧れと共に自分がその舞台で活躍できていないという悔しさを併せ持ちながらも
腐ることなく日々の練習に励んでいる。

経歴は様々で選手以外としても優秀な能力を持つ人が多い。

対比するなら、蹴球部の影のような存在だ。


そして今、蹴球部の影で多くの挫折を経験した自分にTOPメンバーとして戦うチャンスが巡ってきた。


蹴球部を支えてくれている部員たちの気持ちが強くわかり、
仲間のために戦う自分だからこそ選手以外の仲間たちの想いものせて、
ピッチに立ちたいと思う。


仲間のみんなには自分が試合に出たときに、
是非想いを自分に託してほしい。


蹴球部という仲間全員の想いをピッチで表現してみせる。


そのために、今できることを積み上げていく。    





以上が今の自分から見える景色(筑波大学蹴球部)であり、
自分にしかできないことだと考えている。



最後まで文章を読んでいただき、ありがとうございます。

この文章を通じて、筑波大学蹴球部、
大学サッカーが素晴らしい場所だと感じていただけると幸いです。

これからも筑波大学蹴球部の応援をよろしくお願いします。


筑波大学蹴球部
体育専門学群4年
内田雄基