#21 胸を張って(4年/西澤健太)



「ただいま!」


そう言えることを大変嬉しく思います。


来シーズンより,
清水エスパルスへの加入が内定しました。



ユースで約2年半お世話になった大榎さんから直接お話を頂いた時には様々な感情が溢れ出し、
親に電話しながら、涙をこらえる自分がいました。

大学生活約4年間、小学校、中学、そして高校の10年間、
合わせて約14年間の清水エスパルスへの思いが、
ようやく形になった瞬間でした。





自分にとって

“清水エスパルス”

は特別なクラブです。



小学校2年でサッカーを始めてすぐ、
チームメイトに誘われ、日本平スタジアム(IAIスタジアム日本平)に足を運びました。

生で見るプロサッカーの舞台はテレビで見る世界とは全くの別物で、
すぐに清水エスパルスの虜になりました。



“このユニフォームが着たい”


オレンジのユニフォームを着て走る選手達はもちろん、
サンバのリズムに合わせて歌い、踊り、揺れるオレンジのユニフォームに大きな憧れを抱きました。

あの光景は今でも鮮明に覚えています。



小学校を卒業し、清水エスパルスへの憧れを胸にジュニアユースへの入団試験に挑みました。

幸運にも合格の知らせを頂き、
結果的に中学、高校の6年間を
清水エスパルスのユースチームでプレーする機会を頂きました。

今思い返しても、毎日がとても刺激的で、
オレンジのユニフォームを身に纏うことに誇りを感じていました。



大学に進学してもその思いは変わらず、
常に生活の側には清水エスパルスがありました。

J2降格に涙し、

J1昇格を心から喜び、

徳島の地で揺れるオレンジのユニフォームに魂が揺さぶられました。

それに加えて、同期でプロに進んだ3人の活躍も僕にとっては大きな刺激でした。

(先日、同期の北川航也は日本代表に選出されました。この場を借りて、おめでとう。)



そして、大学4年秋。

再び清水エスパルスのオレンジのユニフォームに袖を通すことが決まり、
この喜びを言葉にするのは容易ではありません。




僕のサッカー人生は、
多くの方々に支えられて成り立っています。


サッカーを全力で楽しんだ、カワハラFCのコーチの皆さん、チームメイトのみんな。


共に全国優勝を経験した、ジュニアユースの横山監督、チームメイトのみんな。


切磋琢磨し共にトップへの昇格を目指した、ユースの大榎監督、平岡監督、チームメイトのみんな、サポーターの皆さん。


そして、感覚でサッカーをしていた僕に、考えてサッカーをすることを教えてくださった筑波大学蹴球部監督、小井土正亮監督。


蹴球部を良くしようと様々なことにチャレンジし、どんな場所でも、TOPチームの応援に駆けつけてくれる部員のみんな。


大学という自分を律することができなければ消えていく舞台で、
お互いを意識しながら切磋琢磨し、時には励ましあってきた同期のみんな。


そして、どんな時も味方でいてくれた家族。


本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!



その他にも、ここには挙げきることができない程の方々に支えられて、
僕は今、ここにいます。

僕はこれからの人生をかけて、
これまで支えてくださった全ての方々に感謝を伝えていけたらと思っています。





来シーズンから清水エスパルスに戻ることが決まり、

胸を高鳴らせているのは確かです。

Jリーグの試合を見ながら、「自分だったら」と考えている自分がいます。


しかし、まだ僕には筑波での仕事が残っています。

後期リーグが始まり、
15試合を終えて7勝5敗3分の勝ち点24で12チーム中4位。

優勝に向けて、依然厳しい状況が続きます。

4年として、副主将として、
後輩達に優勝という結果を残していくためにも、
残りの3ヶ月弱を全力で走り抜けたいと思います。

(僕の狙いとしては、そのままの勢いでプロの世界に乗り込みたいと思っています。笑)


蹴球部のみんな!頑張ろう!





最後に。


筑波大学蹴球部の部員達は現在、
様々な取り組みをしています。

サッカーのパフォーマンスアップに繋がる活動はもちろん、
スポンサー活動、ファンクラブの設立等、
大学のサッカー部としては珍しいピッチ外での活動もしています。

興味のある方はぜひ、
変人藤尾くんの過去ブログも読んでみてください。


今後も、筑波大学蹴球部は様々なことにチャレンジしていくことになります。

引き続き、筑波大学蹴球部の応援をよろしくお願い致します。




今の率直な思いを書いたため、拙い上に長い文章になってしまったことをお許しください。

お付き合い頂き、ありがとうございました。



筑波大学蹴球部 副主将
体育専門学群4年
西澤健太(清水Y出身)